源⇔現 展(GENTEN)

カテゴリー: DESIGN

展示会『源⇔現 展(GENTEN)』
が終幕致しました。
多くの方がいらしてくれました。
げんてん


展示会が終わりました。
テーマは−日本のかつての生活を振り返り、現代の生活を考える−

2006/11/12(日)〜11/19(日)
日本インダストリアルデザイナー協会学生会友
(JIDA jr)の中から集まった学生9名によるグループ展です。
日本人の生活とはどういうものか?
「過去を見直し、今を見つめ、この先に活かす。」
それが本展覧会のテーマです。
JIDA加藤雄章先生(カトウデザイン研究所)
によるレクチャーなどを通して、
各々が考える日本のライフスタイルを提案します。
我々の若いエネルギーと志を感じていただければ幸いです。




場所
JIDA Design Museum in AXIS 
東京都港区六本木5-17-1 AXISビル4F



作品の記録




法政大学 駒井悠亮
■しゃも時 =時の流れを感じさせたい、食の源点=
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 今の米の食生活の始まりは弥生時代。その弥生時代に
稲作と共に伝わった言われるしゃもじ。その源点から
今まで日本の生活に米は欠かせないものでした。そし
て日本では海外から譲り受けた多くのものを"和"に変
えてきました。日本建築もその一つです。今日の食卓
に海外の食文化が取り入れられ米離れの日本人が増え
ている中、日本の食文化の中で生活できる喜びを再び
感じてほしい。日本の食文化を大切にしていきたいと
いう気持ちを込めてこれからのしゃもじを提案します。



東京工芸大学 木下陽介
■ぴたぴた =手の中に感じる世界、掬える源点=
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 器の源点。その源点は人の『手』にあります。
手で掬った水の量は、後に『升』の量の1単位
となり、数量はリットルのへと発展してきた。
そして、人は手で掬えない量まで掬いたいという欲を持ち、器を作ってきた。
そんな中、私たちはあの両手で水を掬う感覚と、
飲むという一口の適量感というものを忘れている。
源点に戻り、両手で掬うカタチにする事でその感覚を呼び覚まし、
手の中のモノを日常とは違う視点で見ることができる。


東京造形大学 井関千尋
■「私の消しゴム!」It's mine! =退屈な毎日に、変化のある消しゴムを! =
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 元来日本人は『道具』を大事にしていました。
壊れたら丁寧に直し何度も使うというように、
道具自体に愛着を持ちながら日々を営んでいました。
また使うことで現れる道具の変化に、味わいを感じ、
より良い価値を見いだすのも日本人特有の価値観です。
しかし、現代の製品の多くは時間の経過や変化を嫌う物で、
それが使い捨てを促す大きな原因だと私は感じています。
今回は使われることで現れる変化をわかりやすく楽しめ、
愛着のわくプロダクトをデザインしました。


東京造形大学 関口康子
■携帯茶碗 =器を手に持つ姿 =
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 ”茶碗を持つ”という動作は、日本にしかない発想で、
日本の豊かな大地で生まれた食文化の重要な一部分です。
現代の我々のテーブルを見てみると,西欧式の平らなお皿が並び、
スプーンとフォークでの食事が頻繁に見られます。
また、弁当箱も日本人が生みだした持ち運べる茶碗です。
どこでも誰でも器を持って食事をする姿がいつまでも消えないでほしい。
これからも日本の姿として誇りを持ってほしい。
そんな想いからこの弁当箱を提案しました。


東京造形大学 青山弥生
■sli-baki  =日本の和洋室にて、スリッパではなく=
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 伝統的な日本の履物は裸足に近い。
それは靴のように堅く足を守るものではなく、
必要なだけの要素を付けたもので、足の動きが自由であり、
またその分足に履物を支える力がつく。
足音を立てないスリ足の作法もそこから生まれてきた。
現代は靴文化が主流であるが、室内には和室が設けられ、
洋室でも依然として床に腰を下ろすスタイルが少なくない。
そこで、現代の住宅の中で自然に使える室内履きを、
伝統の作法を踏まえて提案する。


東京工芸大学 椎葉泰志
■はしの木のはし  =当然ですが、材料は木です=
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 我々は資源を消費して生活している。 
かつての日本にはそれを自覚し、
同時に自分達の生活を支えてくれる自然を敬う意識があったと思われる。
割り箸はそんな時代からすでに原型があるが、
合理主義社会の現代とはその存在の意味合いや価値は異なる。
情報が二次、三次、と加工されて手元に届く現代では、
自分がどれほどの資源を使っているのか実感する余地はほぼ皆無である。
この作品は自分の使った分だけ木が無くなり、
使い切ったときに自分が使用した資源の量に気づくはずである。


桑沢デザイン研究所 山下正智
■ぷす =幼い記憶、触れあいの源点=
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 おそらく、誰もが共有している幼い頃の記憶の源点。
ピンと張られた障子紙の、向こうの世界を覗いてみたいと思って、
ぷすっと指で穴を開けた事はきっと誰もがあるでしょう。
しかし、穴を開けてしまえば障子は本来の機能を果たせなくなってしまいます。
この障子の一マス分の大きさのアカリは、
指で穴を開ける事でアカリとして成立します。
障子に指で穴をあけ、壊れやすいものの魅力と、
あの頃の記憶を思い出しながら、モノとヒトはまた触れあいます。


東京造形大学 寺岡佳子
■日割計 =人それぞれの時間の尺度・不定時法の応用 =
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現代人の日常生活の行動の基準となっている時計。
時計は忙しい時でも暇な時でも一定の尺度で私達に過ぎていく時間を知らせます。
しかしかつての日本では季節と共に一刻の長さが変化する不定時法によって
人々が生活していました。そこには日本人の持つ『時の流れ』ということに対しての
美観が感じられる様にも感じられます。
機械的に区切られた時間の尺度から開放されるような、
ぬくもりのある時間の流れをカタチにしました。


東京造形大学 金子真
■oto-fu =味わう光=
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現代の生活は夜になっても部屋や街を昼の様に明るくし、
様々な行為を行うための灯り、言わば機能的な灯りにあふれています。
しかし昔の人々は現代の様な夜を消し去るほどの明かりではなく、
自分の内面や精神性が残される程度の明かり、
「薄明」の中で夜を夜として生活し、闇と共存してきました。
人々は光を味わい、光を感じて、今が夜であること、
闇の時であることを楽しんでいました。
この作品はこのようなかつての日本人が持っていた
光に対する美意識に習い制作しました。
現代の忙しい生活でこそたまには機能的な明かりを消して
夜の世界を楽しむことも必要ではないでしょうか。







以上9名。展示の記録ここに終結する。


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